空想アトリエ

私の世界を空想アトリエと呼んでいます。

孤独と駆け落ちた。

空想アトリエ no.81

f:id:yumitakana1998:20210619081240j:image

また、snsが嫌になって、色んな繋がりをシャットダウンしてしまった。

こうすると、私のもやもやした心は少しは解放される。身勝手なやり方だ、まだ不器用で乱暴なやり方でしか自由になれない。そしてこれで自己嫌悪に陥るのはもっと身勝手だ。すっきりしているのでこれでいい。今はそう私に言い聞かせている。

昨日は休日だった。早起きにも慣れたのか、休日でも9時には目が覚めた。なにもやる気が出なかったのでだらだらこのまま過ごそうとしていたところ、妹に海へ行かないかと誘われて半分乗り気では無かったものの行くことにした。

私の家の坂を降りたところにはすぐ海がある。その海ではなく、地元だけれど少し離れた海へと妹の車は向かった。一本道をずっとまっすぐ、小学校や昔家族で住んでいたアパートを越えてずっとまっすぐ。駅とは真逆なのでこちらのほうへ来たのは数年ぶりだった。途中の道の駅は祖母が生きていたとき、よく行った。懐かしいと言い合いながら、お弁当ひとつずつ買って、その道の駅を少し行ったところにある懐かしい海へと向かった。

その海は母とよく来た海だ。母はよく私たちふたりを連れてこの海まできた。母は近くにある海ではなくわざわざこの離れた海へ来て私たちにお弁当を食べさせたりしていた。

風が強くて少し荒れた海、誰もいなくてひっそりとした海の先に広がる薄い雲り空が広々と広がってどこか遠くへと来た、気がした。

波打ち際までいくと、荒れてみえた波は静かにこちらへ来ては、去っていった。とても静かで裸足の指先に砂が妙な心地で埋もれていった。

思えば私たちは堤防に座るだけだった。母が濡れた服や砂まみれの足で車に乗るのを嫌ったので私たちは大人しくふたり並んで足をぶら下げて落っこちないようにして遊んでいた。

ぼんやりとても曖昧だけど幼い頃の記憶、私は最近まで母とうまく話せたことがなかった。仲が悪かった訳でもなく、ただいつも気を使ったし、気を使わせてはいけない気もしていた。

当時の母と私は今同じ20代だ。今の私に子供がいて家庭があるのはどんな心地だろう。

きっと逃げ出したいときだってあっただろうな。

帰りの車で、そんなことを妹と話したりした。私たちは大人になって、ようやく少しだけ親の気持ちに近づけた気がしている。